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2014.11.14 一寸、変
8月末入院した、主治医から入院して人工血管の手術をC病院でするようにつたえられた、すぐに大学病院に変更を頼んだが大学病院は遅いと言う理由で聞き入れられず、そんなもんかとやむなくC病院へ、入院して驚いた病着に着替える間もなく手術室へこれには私もびっくり、成る程これは速い、透析治療用の人工血管を挿入するのだが、体内に異物を入れるというのに適合検査など無し、5日後に退院、術後4週間をすぎたのに未だ縫合糸は就いたままの生活。
医療技術に地域格差は無くなったと思うのだが、医、の取り組み、術後のケアは格段に首都圏の方が勝る..
まだこの地では医師は先生様,、患者に対して上から目線、それをサポートする看護師たちも何となく習ってしまう。
結果、患者への説明不足が出る、患者の方は先生様の言うことだからと何にも言わない。
私の目からみると実に変な場面に出くわす事がある。用は、医師、看護師、患者三者三様の聞き下手、話下手から来るコミニュケーションのなせる結果だろうと諦めている。  
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2014.08.01 松の泣き声
緑豊かな森はさわさわと耳に優しく触れてくる。ところがこの時々走る国道7号の海岸沿いは酷い、砂防林のはずの松林が全滅、幹も枝も見事に皮が剝けて丸裸,それが延々と続く<白骨樹林>まるで幽玄の世界。
地元の議員に聞く機会があったが、それによるとあの広大な土地の所々に私有地があって松くい虫防除の役人の立ち入り調査を拒否された為、見るも無残な景観にはあっという間でしたとのことでした。
今は白骨樹になってしまった松が海風でひょうひょうと泣いている。
2014.07.25 方言
この地に来て15年になる当然方言にはかなり悩まされた。ところが5,6年前ころから今度は私の方が老人性の難聴、私が聞いたことの返事を何度も聞き返す始末,相手に大変失礼なことになっている。
時々方言を文字にしているのを見るが、方言は文字にしない方がいい、方言を文字にしても、それを読んだ途端殆ど意味が通じなくなる、方言はその土地で長く培ってきた文化であり、又、独特の音がある、勿論音など文字にできっこない。
だから文字にしない方がいい。
先日のニュースにはビックリ仰天した、週3回の人工透析の世話になっている身にはただならぬ事件だ。しかし、最近は何とも短絡な考えで人を殺す、そんなに人を殺して死刑になりたけりゃイスラム過激派の外国人傭兵に志願されたらいい、彼の国では自殺も、殺人もすごく日常的になってしまっている内戦、そんな処にでも飛びこんでみれば。
それにしても、私らには何とも理解不能な事件が多い。「さいた、さいた、さくらがさいた」「こまいぬさん、あ、こまいぬさん、う」二宮金次郎さんは薪刈りをしながら勉強をしました。の、ころが懐かしい。
2014.06.18 婚活にお熱
私には子供がいない、当然孫などいようはずがない。
今春、末の弟のところが初孫に恵まれた、目出度いのには違いないのだが、窺っているともう大変そう。親は産休が終わるとすぐ職場復帰の予定、そうしないと生活がおぼつかないと言う、その後はそれぞれの親どうしが連携して合計6人のまるで子育てのプロジェクトチーム、子供が一人できるとこうなってしまうのだろうか、こんな状況では近くに身内のいない二人きりの若夫婦には欲しくてもなかなか子供なんか作れない。
単純に、若者が結婚すれば人口が増える、なんて婚活に血道をあげているお役人や偉い政治家の方々、人口減はもっと根は深いのだ、頑張って。
50年を超す東京生活中に約5年、現住地にきてから約5年タクシードライバーをしていたことがある。現業で懸命に稼いでいる方達には失礼だが、気楽にかまえてやると結構いろいろ見えておもしろい。
有名ホテルから乗り込んだ学生らしい二人連れ「竜泉寺まで」「えっ、あっ、はい」瞬間台東区下谷のあのたけくらべの竜泉寺町が脳裏を掠めた。
「なんだ、知らないの」「はい、すみませんまだ来たばっかりなもので」「あそう、取敢えず真っすぐ行って」少し走った所でバックミラーを見ながら、「樋口一葉さんているでしょう」「…」「たけくらべって知ってるでしょう」「ああ吉本かどこかの人でしょう」「はああ」私の頭の方が混乱してしまった。樋口一葉さん、お笑いの人にされちゃった。若い二人連れ、なにごともなかったように歩いて行った。
続、ひとりごと、長ーいひとりごと、経済成長率世界1,2、位と叫んでいるあの中国
あんなに広い国土の農、魚村が隅々まで、わずか5~60年で全国が清潔になったとは
とても考えられない。

子供の頃、駆けまわって遊んでいた、中国首都からかなり離れた田舎の農村地帯では、
アンぺラに囲われただけの、ほとんど垂れ流し状態の共同便所、そこから出る汚物は近
の川に直通、又この地域では3歳に満たない子供の死亡は親不孝者として土饅頭群の中
え捨ててしまう風習があって時々出遭う遺棄された赤子の遺体、それお喰い散らす野犬
や放し飼いされている豚等、子供ながら身の毛の立つ様な光景を、しばしば茫然と見な
がら遊んでいた。

あの、身の毛のよだつ様な光景は今もって忘れられません。
そのような環境の処に混在している畑そんな中で育った農作物、一寸、求める気にはなり
ません。

戦時体験が中国嫌悪となってしまったのでしょうね。それにしても、あのおどろおどろしい
光景は日本ではとうてい想像できません。スーパー等の買い物で必ず産地確認、中国製と
わかるとそっともとに戻してしまう……。子供時代の体験が強烈なトラウマに……。
80歳代、この年代の僕らにはこの手の戦時体験された方は大勢いるんでしょううね。
飲食店から出て来たカップルが乗り込んできた。行き先を聞くとすぐ女性の方が,
「あ、運転手さん秋田の人じゃないんですか」と聞いてきた、

どうやらこのカップル女性の方がポジティブな感じ、バックミラーでようすを覗う、二人とも
まだ二十歳少しまえぐらいかな、

「うん、都落ちして来たんだよ」
「えっ、ああ、東京からなんですか」

「うん、生まれたのは秋田なんだけど、五歳の時、中国へ行き終戦で、
秋田へ帰り中卒、すぐ、東京行って、それからちょうど五十年、半世紀東京住いしましたよ」
「へえぇ、いろいろあったんだ、東京でもタクシーだったんですか?」

「いや東京では、タクシーは若いころ三年ぐらいかな、あとはいろいろやりましたよ、話すと長くなるけど」
「ふうーん、やっぱし東京の人はアクセントも歯切れもいいですよね」と、二人でしきりに感心している。

「いや、実はね、こっちへ来た時秋田人になりきろうと思って、秋田弁をやってみたんですよ、そしたら(ドラマの東北弁)だって笑われてしまったのでやめることにしたんですよ」

「えっ、ドラマの東北弁ってどんなのですか」と聞かれて一瞬どう説明しようか迷ったが、「ほら美空ひばりの(りんご追分)って唄があるでしょう」と言うと、ややしばらく遅れて「知らない、だって聞いたことないもん」と言われ、今度は僕のほうがえっと言葉を失ってしまう。

 改めてバックミラー越しにお客さんをしみじみ観察してしまった。
 やがて、目的地に着いたことを告げるとびっくりする程明るい声で、「ありがとうございました」と、近頃の若者にしては珍しく礼儀正しい挨拶をして降りていった。
 彼らの手をつないで立ち去る後ろ姿を見ながら、ふうっとひと息ついて、少しせつない気持ちになってしまった。もう、あの美空ひばりを知らない年代の人達がいるんだ。

 僕らの年代にとって「美空ひばり」は青春時代の憧れの姫であったし、青春そのものでもあった。
 又、彼女の唄の年譜が、其の侭、僕自身のアーカイブスの一頁にもなっているのだ。
 負の想いでになるのだが僕には、あの「東京キッド」という唄には特別な思い入れがある。
 



すーぱーの買い物で、かならず産地を確かめるのが、くせになってしまった。

中国製と分かるとすぐ手放してしまう、子供のころの中国生活で遊んだ華北地方の広大な農地,
その中の所々に土饅頭つまり土葬の傍、更にこの地方のしきたりらしく、3歳にみたない子供が
亡くなると篭にいれて、土饅頭群の中え捨ててしまう風習があった。


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